態度を正して、一年を締めくくる

親愛なる皆様
おはようございます。

先日、幹部たちへ「態度」の話しをした。
今年最後のモーニングメールはそのことに
ついて書くことにする。

アウシュビッツの強制収容所で地獄の苦しみを味
わった精神科医フランクルは、人間が生きるうえ
で実現する価値を三段階に分けて理論展開している。

フランクルの著書は表現が難解なので、福島智氏が
それを、とても分かり易く書いて下さっているので、
同氏の著「ぼくの命は言葉とともにある」から以下
に引用する。

********
フランクルは「死と愛」の中で、人が生きるうえで
実現する価値には三つある、と主張しています。
その一つは一般的にいわれる、何かを生産するような
創造的な活動を意味する「創造価値」というものです。
例えば絵を描くなど、良いもの、美しいもの、素晴
らしいものを創り出すクリエイティブな創造価値が、
この第一の段階の価値にあたります。言い換えれば
絵を描くなどの行為を通して、「世界」に何かを与え
る行為に伴う価値を「創造価値」と呼びます。
次に、「何かを与える」ことはできなくても、例えば、
美しい風景に感動する、といった行為に伴う価値を
「体験価値」と呼びます。
そして、創造的な行為も、素晴らしい体験も制約され、
生命が大いなる苦悩に直面したときにも、その苦悩
にどう対処するかによって、第三の価値である
「態度価値」が実現されると彼は考えるのです。
(中略)
つまり、態度価値とは、いろいろな制約や制限が課さ
れたとき、創造的な活動もできない、素晴らしい体験
もできないようなときに、どのような態度をとるか、
そこにその人の最も根源的で、最も崇高な価値がある
とフランクルは言います。そして、彼はこの態度価値
を三つの価値の一番上に置いています。
********

フランクルがこの三つの価値に考え至った背景
にはアウシュビッツ収容所での極限体験があった
ことは云うまでもありませんが・・・
少なくとも我々のように日本に住み、会社に勤め、
日々暮らしている者がアウシュビッツのような体
験は後にも先にもまずあり得ない、それ比べれば
天国のような環境の中で生きているといってもよ
いでしょう。にもかかわらず、日々の態度、その
時々の態度はどうだろうか?

その人の真価が問われる時というのは、
平時ではなく有事であります。

人間関係も良好で、ことがまずまず思い通り
に進み、ミストラブルもなく、順調な状況であれば、
機嫌もよく、表情穏やかで、活々した生活
や仕事が出来るでしょう。

逆に、人間関係がギクシャクし、事故やトラブルが
続き、ことがなかなか思うようにいかない、
辛く苦しい時には、なかなか活々とはできない、
ご機嫌斜めで、険しい表情、不愛想で言葉や態度が
つっけんどんになってしまいがちです。

しかし、
その時こそが、自分の真価が問われる時です。

自分ではどうしようもない、
辛く苦しい状態が続いても、
態度だけは自分の意思でどうにかなる。
どんな状況下におかれようが、
アウシュビッツのようなことはない。

態度を正そう。

少々、お堅い内容になりましたが、
これをもって今年最後のモーニングメール
とさせて頂きます。

今日明日は現場に立ち、
社員皆へ仕事納めの御挨拶。
態度を正して一年を締めくくります。

今年一年大変お世話になりました。
来年も何卒よろしくお願い致します。
どうか良いお年をお迎えください。

物流応援され団長@山田泰壮 拝

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